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【みんな生きている】松本京子さん[米子市]/NIB

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―その命、見捨てますか?― 《インチキ遺骨ではなくて、拉致被害者を返せ!米子市で「拉致問題の早期解決を願う国民のつどい」が開催 繁本大臣政務官が被害現場を視察 集会には約220人が出席し一刻も早い解決に向け思いを共有 鳥取県米子市 》 一刻も早い解決が急がれます。 10月31日、北朝鮮による拉致問題の早期解決を願う国民のつどいが鳥取県米子市で開かれました。 この日米子市を訪れたのは拉致問題を担当する繁本 護大臣政務官。49年前に北朝鮮に拉致された米子市の松本京子さんの被害現場を視察しました。 「今人が立っているところ?もうちょっと先」 (繁本 護大臣政務官。拉致現場にて) 1977年10月21日、当時29歳だった松本京子さんは「編み物教室に行く」と言って出かけたまま行方不明となりました。 「何か特別な環境ではない日常空間の中で起きた国家的な犯罪ですから、改めて恐ろしさを感じました。一日も早く日朝首脳会談が組まれることを私も政務官として望んでおりますし、それに向けて働いていきたいと思っております」 (繁本 護内閣府大臣政務官) また、政府や鳥取県等が主催する「拉致問題の早期解決を願う国民のつどい」が開かれ約220人が出席。一刻も早い解決に向け思いを共有しました。 集会では松本京子さんの兄・孟さんが登壇。49年間妹の帰りを待ち続ける切実な思いを訴えました。 「『生きて日本に帰りたい』その気持ちは拉致をされている皆さんはお持ちのはずです。妹が帰るまで拉致被害者の皆さんがお帰りになるまで私どもにお力を最後のお力をお貸しくださいませ」 (松本 孟さん。拉致被害者・松本京子さんの兄) また、拉致された可能性のある鳥取県伯耆町出身の上田英司さんの兄・淳則さんも登壇し 「昔は夢で弟の姿を見ていたが今は夢に出てこなくなった元気なうちに会いたい」 と悲痛な思いを明かしました。 そして、鳥取県の平井伸治知事や米子市の伊木隆司市長たちが拉致被害者の早期帰国等を求める国への要望書を提出しました。 いまだ解決への糸口がつかめない拉致問題。そうした中、高齢化が進む被害者やその家族たち。一刻も...

【みんな生きている】松本京子さん[米子市]/KKT

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―その命、見捨てますか?― 《インチキ遺骨ではなくて、拉致被害者を返せ!米子市で「拉致問題の早期解決を願う国民のつどい」が開催 繁本大臣政務官が被害現場を視察 集会には約220人が出席し一刻も早い解決に向け思いを共有 鳥取県米子市 》 一刻も早い解決が急がれます。 10月31日、北朝鮮による拉致問題の早期解決を願う国民のつどいが鳥取県米子市で開かれました。 この日米子市を訪れたのは拉致問題を担当する繁本 護大臣政務官。49年前に北朝鮮に拉致された米子市の松本京子さんの被害現場を視察しました。 「今人が立っているところ?もうちょっと先」 (繁本 護大臣政務官。拉致現場にて) 1977年10月21日、当時29歳だった松本京子さんは「編み物教室に行く」と言って出かけたまま行方不明となりました。 「何か特別な環境ではない日常空間の中で起きた国家的な犯罪ですから、改めて恐ろしさを感じました。一日も早く日朝首脳会談が組まれることを私も政務官として望んでおりますし、それに向けて働いていきたいと思っております」 (繁本 護内閣府大臣政務官) また、政府や鳥取県等が主催する「拉致問題の早期解決を願う国民のつどい」が開かれ約220人が出席。一刻も早い解決に向け思いを共有しました。 集会では松本京子さんの兄・孟さんが登壇。49年間妹の帰りを待ち続ける切実な思いを訴えました。 「『生きて日本に帰りたい』その気持ちは拉致をされている皆さんはお持ちのはずです。妹が帰るまで拉致被害者の皆さんがお帰りになるまで私どもにお力を最後のお力をお貸しくださいませ」 (松本 孟さん。拉致被害者・松本京子さんの兄) また、拉致された可能性のある鳥取県伯耆町出身の上田英司さんの兄・淳則さんも登壇し 「昔は夢で弟の姿を見ていたが今は夢に出てこなくなった元気なうちに会いたい」 と悲痛な思いを明かしました。 そして、鳥取県の平井伸治知事や米子市の伊木隆司市長たちが拉致被害者の早期帰国等を求める国への要望書を提出しました。 いまだ解決への糸口がつかめない拉致問題。そうした中、高齢化が進む被害者やその家族たち。一刻も...

【みんな生きている】松本京子さん[米子市]/TOS

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―その命、見捨てますか?― 《インチキ遺骨ではなくて、拉致被害者を返せ!米子市で「拉致問題の早期解決を願う国民のつどい」が開催 繁本大臣政務官が被害現場を視察 集会には約220人が出席し一刻も早い解決に向け思いを共有 鳥取県米子市 》 一刻も早い解決が急がれます。 10月31日、北朝鮮による拉致問題の早期解決を願う国民のつどいが鳥取県米子市で開かれました。 この日米子市を訪れたのは拉致問題を担当する繁本 護大臣政務官。49年前に北朝鮮に拉致された米子市の松本京子さんの被害現場を視察しました。 「今人が立っているところ?もうちょっと先」 (繁本 護大臣政務官。拉致現場にて) 1977年10月21日、当時29歳だった松本京子さんは「編み物教室に行く」と言って出かけたまま行方不明となりました。 「何か特別な環境ではない日常空間の中で起きた国家的な犯罪ですから、改めて恐ろしさを感じました。一日も早く日朝首脳会談が組まれることを私も政務官として望んでおりますし、それに向けて働いていきたいと思っております」 (繁本 護内閣府大臣政務官) また、政府や鳥取県等が主催する「拉致問題の早期解決を願う国民のつどい」が開かれ約220人が出席。一刻も早い解決に向け思いを共有しました。 集会では松本京子さんの兄・孟さんが登壇。49年間妹の帰りを待ち続ける切実な思いを訴えました。 「『生きて日本に帰りたい』その気持ちは拉致をされている皆さんはお持ちのはずです。妹が帰るまで拉致被害者の皆さんがお帰りになるまで私どもにお力を最後のお力をお貸しくださいませ」 (松本 孟さん。拉致被害者・松本京子さんの兄) また、拉致された可能性のある鳥取県伯耆町出身の上田英司さんの兄・淳則さんも登壇し 「昔は夢で弟の姿を見ていたが今は夢に出てこなくなった元気なうちに会いたい」 と悲痛な思いを明かしました。 そして、鳥取県の平井伸治知事や米子市の伊木隆司市長たちが拉致被害者の早期帰国等を求める国への要望書を提出しました。 いまだ解決への糸口がつかめない拉致問題。そうした中、高齢化が進む被害者やその家族たち。一刻も...

【みんな生きている】松本京子さん[米子市]/KYT

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―その命、見捨てますか?― 《インチキ遺骨ではなくて、拉致被害者を返せ!米子市で「拉致問題の早期解決を願う国民のつどい」が開催 繁本大臣政務官が被害現場を視察 集会には約220人が出席し一刻も早い解決に向け思いを共有 鳥取県米子市 》 一刻も早い解決が急がれます。 10月31日、北朝鮮による拉致問題の早期解決を願う国民のつどいが鳥取県米子市で開かれました。 この日米子市を訪れたのは拉致問題を担当する繁本 護大臣政務官。49年前に北朝鮮に拉致された米子市の松本京子さんの被害現場を視察しました。 「今人が立っているところ?もうちょっと先」 (繁本 護大臣政務官。拉致現場にて) 1977年10月21日、当時29歳だった松本京子さんは「編み物教室に行く」と言って出かけたまま行方不明となりました。 「何か特別な環境ではない日常空間の中で起きた国家的な犯罪ですから、改めて恐ろしさを感じました。一日も早く日朝首脳会談が組まれることを私も政務官として望んでおりますし、それに向けて働いていきたいと思っております」 (繁本 護内閣府大臣政務官) また、政府や鳥取県等が主催する「拉致問題の早期解決を願う国民のつどい」が開かれ約220人が出席。一刻も早い解決に向け思いを共有しました。 集会では松本京子さんの兄・孟さんが登壇。49年間妹の帰りを待ち続ける切実な思いを訴えました。 「『生きて日本に帰りたい』その気持ちは拉致をされている皆さんはお持ちのはずです。妹が帰るまで拉致被害者の皆さんがお帰りになるまで私どもにお力を最後のお力をお貸しくださいませ」 (松本 孟さん。拉致被害者・松本京子さんの兄) また、拉致された可能性のある鳥取県伯耆町出身の上田英司さんの兄・淳則さんも登壇し 「昔は夢で弟の姿を見ていたが今は夢に出てこなくなった元気なうちに会いたい」 と悲痛な思いを明かしました。 そして、鳥取県の平井伸治知事や米子市の伊木隆司市長たちが拉致被害者の早期帰国等を求める国への要望書を提出しました。 いまだ解決への糸口がつかめない拉致問題。そうした中、高齢化が進む被害者やその家族たち。一刻も...